LOGIN黄緑色の衣の上で、金の刺繍であしらった鳳凰を堂々と靡かせて、狡猾で残忍な女は窓から庭園を眺めている。
「光華妃《コウファヒ》姐さま、ご機嫌よろしゅうございませんね」 桃色の衣の上で、紅色の花を咲かせている女が茶を啜りながら言う。すると、光華妃は威嚇する時に広がる孔雀の羽のように、苛立たしさを含めた態度で扇子を広げた。 「そりゃそうよ。あの他所者医家が来なければ、今頃状況は変わっていたはずなのに!国師がまた余計なことをしでかしたせいで、目論みは台無しじゃない!」 「まぁまぁ、光華妃姐さま。今は少し様子を見ましょう。いずれは、一人ずつ消えていくでしょうから〜」 木漏れ日が雲に隠れ、明るく照らされていた紅色の花模様の衣が、薄気味悪い朱色へと変化していく。 「でも…」そう言いかけて、光華妃は扇子を勢いよく閉じ、白い歯を見せた。 「美朱妃《ミンシュウヒ》、あなたがくれた毒は最高の効き目だったわよ。本当に後少しだったのよ。次はもっと強いのをお願いしたいわ〜」 「姐さま、お顔が緩んでいらっしゃいますよ。毒の件は、また頼んでおきますね。この後の始末は、私にお任せしてもらっても?」 「えぇ。お願いするわ」 光華妃は長椅子に横たわるように身体を預ける。 美朱妃は「では、また」と言って侍女を引き連れ、光華妃の宮殿を後にした。 ・ ・ ・ 一方、永憐《ヨンリェン》と宇辰《ウーチェン》は屍《しかばね》が大量に発生したと深豊《シェンフォン》から知らせを受け、馬に乗って渭陽《いよう》へ来ていた。 深豊たちと合流し、惨憺たる屍の山の前で立ち止まる。 永憐は永冠を鞘から抜き出し、生き絶えた屍の顔や身体を器用につつく。 「深豊、何が起きている?」 「俺も分からねぇ。ただ、玄天遊鬼《ゲンテンユウキ》が絡んでることは間違いなさそうだ。ほら、ここ見てみろよ」 深豊は永憐と同じく剣を取り出し、剣先で屍の首の辺りを指した。 「黒い百合模様か…」 「そうだ。あいつは赤潰疫もだが、黒い花の模様をどこかに残して、傀儡《かいらい》を操ったりしている。恐らくこの屍たちも、玄天遊鬼に操られた後だろう」 深豊がそう言い終えると、突然、屍の山から数名の遺体が手足をおぼつかせてムクっと起き上がった。目は白く、明らかに自分の意思で動いている訳ではなさそうだ。 深豊と永憐は互いに背を向けて、それぞれ前後に剣を向ける。近くにいた宇辰や深豊の手練れ達も、剣を構え始めた。 すると、屍は唸り声を上げて、勢いよく永憐たちに飛びかかる!深豊と永憐は、永狐《ヨンフー》の双璧と呼ばれていた頃のように果敢に攻め、飛びかかってくる無数の屍を斬りつけていく。二人の俊敏さは明確で、まるで空中で踊る龍と狐のようだ。 しかし、この屍は何度斬りつけてもまたすぐに起き上がり、更に数が増していく。 永憐は宇辰たちに向かって声を張り上げた! 「剣に術と剣気を込めろ!」 『はい!』 この屍たちは、ただの妖魔ではない。恐らく近くに玄天遊鬼がいるはずだ。そう悟った永憐は永冠に探知術を込め、剣先を地面に突き刺し、玄天遊鬼の居場所を突き止めようとした。 するとその時、一筋の剣光が永憐に向かって飛んで来る! 永憐は咄嗟に永冠の剣先を地面から離し、近くにあった木に飛び移り、その剣光を交わす。 永憐は大木の上から気配の居場所を探り、木の下に集まってくる宇辰たちに聞こえるように、永憐は注意を促した。 「玄天遊鬼が近くにいる。気をつけろ!」 『はい』 すると突然、今まで勢いよく飛びかかってきていた屍が、急に次々と正気を失ったかのように、倒れ込むではないか。 辺り一面が静寂化し、実に薄気味悪い空気が漂う。 永憐は木の下に勢いよく降り立ち、周囲を見渡す。 すると目の前の雑木林の暗闇から、一人の男が身の毛もよだつような霊気を漂わせて歩いてきた。 「ほぉ。永冠の今の持ち主は其方のような高貴なお方か。名は何と言う?」 「王永憐《ワンヨンリェン》だ」 「ワン?剣豪の王家か?」 「そうだ。そちらの名は?」 暗雲が開き、月明かりに照らされた男の顔が見える。 その顔を見て誰もが驚愕し、固唾を飲んだ。 「私か?玄天だよ。私のことを知らぬ者はおらんだろ」 確かに人間の姿ではあるとは聞いてはいたが、顔は血豆のように赤黒く、皮膚は酷く爛れており、剣で深傷を負った跡と傷が無数に混在し、怖気付いてしまうほど醜い姿だった。 あまりの悍ましさに、永憐と深豊以外は硬直したままだ。 「夜はこの姿が一番楽でな、驚いたか?酷いだろう。昔、お前たちのような修仙者たちに、こんな顔にされちまったんだ…。酷く憎んでいるよ、特にその永冠を持っていた冠月という男にはな」 冠月という伝説の男が居たことは、父でもある師匠の心悦から聞いたことがある。王家の剣豪と呼ばれた心悦でも、歯が立たないほどの剣の秀才で、どんな術も駆使できたと言われている。又、父の友人であり、命の恩人でもあると。永憐は、父が話していた冠月の話を思い浮かべながら、永冠の鞘を握る。 「まぁいい。昔のことだ。今世で全て終わりにしようではないか!ただ、もう少し今世を浪遊したい」 「まだ赤潰疫を撒き散らすつもりか?」 永憐は永冠の先を光らせ、玄天遊鬼に向ける。 玄天遊鬼もそれに気付き、どこかの門派の修仙者が使っていたであろう剣を鞘から抜く。 互いの剣先が月に照らされ、鋭く眩い光を放つ。 深豊と宇辰たちは永憐の背後に下り、今は黙ってこの状況を見守る。 「今日は簡単な手合せといこうか」 玄天遊鬼はそう言って、勢いよく走り出し永憐に向かって剣を振り翳す!永憐も永冠の剣先に剣気を込めて、玄天遊鬼の剣を迎え撃った。激しく剣先が擦れ、耳に劈く音が鳴り響く。月明かりに照らされた影はどちらも剣士のようだ。 玄天遊鬼の動きは俊敏で、一瞬の隙もない。永憐の剣を躱わすことができる妖魔は珍しく、やはり玄天遊鬼は妖魔の中でも群を抜いた強者だ。この手合せもなかなかの烈戦である。しかし、剣豪の鋭さは衰えることを知らず更に力を増し、玄天遊鬼は僅かに遅れを取り始めた。 玄天遊鬼は後ろに下り始め、剣気も後退していく。 その隙を狙って、永憐は剣を握る者の致命傷となる手の甲を狙い、玄天遊鬼の右手に向かって剣を突き刺した。 玄天遊鬼は右手から剣を離し、溢れてくる黒い血のようなものを拭う。 「はははっ。見事な剣捌きだ!素質は冠月とそっくりだな。覚えておこう」 玄天遊鬼はそう言うと、いきなり左手から白い火の玉のようなものを浮かばせた。靄がかかった不気味な火の玉を、永憐に向けて吹き飛ばし、白い歯を見せる。 永憐は火の玉を躱そうと永冠を振り下ろしたが、その瞬間白い火の玉は急に煙へと変わり、永憐の顔を通過した。 しばらくすると、突然永憐の口から咽せるような咳が出始める。 「ゴホッ、ゴホッ…。何をした…」 「私は疫病神で有名だからな、しばらく君と鉢合わせないよう、邪気の強い風邪を吸い込んでもらった。そのうち喉も腫れて声も出せなくなる。そこら辺の流医では治せないだろう。せいぜい苦しむがよい」 「何っ…、ゴホッ、ゴホッ…」 永憐は口元に手を当て、ゼイゼイと鳴る咳をする。 近くで見ていた深豊が「貴様!」と叫びながら玄天遊鬼に近づこうとするが、永憐に止められ立ち止まった。 「やめておけ。今の私では助太刀できない…ゴホッ、ゴホッ」 「だからってこのままでいいのかよ!」 深豊は悔しそうにするが、永憐の呼吸するのも辛そうな表情を見て、深豊は動きを止めるしかなかった。 宇辰や他の者も、深豊の後ろでたじろぐ。 その様子を見ていた玄天遊鬼は、黒い靄を身体から放出し木の上に飛び移る。 「では諸君!また会おう!」 「待て!この野郎!」 深豊は剣を玄天遊鬼に向けて上に投げつけたが、木の実を放り投げるかのように深豊の剣を躱すように放って、玄天遊鬼は黒い靄を残したまま一瞬で姿を眩ました。 深豊は玄天遊鬼の残影を見ながら「クソッ!」と嘆いた。 「ゴホッ、ゴホッ…。青狐《チンフー》、すまない」 「お前は悪くねぇよ。っておい、大丈夫か?顔色悪いぞ」 深豊の言葉を聞いた宇辰が、永憐に駆け寄る。 「永憐様、大丈夫ですか?熱もありそうですね…。とにかく今日は早く戻りましょう」 具合の悪い永憐を深豊と宇辰が肩を組むようにそれぞれ支え、今日のところは撤収した。 深豊は永憐を宋長安まで見送り、日の出に向かうように橙仙南へと帰っていった。それは剣門山の山に差し掛かったところで起きた。 前方から二人の高身長な男女が歩いてくるのが見え、蘭瑛は目を見開き思わず立ち止まった。 目に飛び込んできたのは、今蘭瑛が一番見たくない|永憐《ヨンリェン》と|儷杏《リーシー》の姿だった。見てはいけないものを見てしまったかのように、沸き立つ恐怖のような動悸が蘭瑛を襲う。 永憐も前から来る蘭瑛の姿を捉えたのか、その場で立ち止まり、茫然とする。見つめ合う二人の間には氷瀑が幾重にも連なり、決してそちらにはいけまいと言わんばかりの雨氷が吹き荒れているようだ。 茫然と突っ立っている永憐に気づいた秀沁は、憐れむような目を向けて拱手した。 「これは、これは、|王《ワン》国師殿。こんな所でまたお目にかかれるとは。仙女をお連れになるなんて、珍しいですね」 永憐は目を逸らすだけで何も言わない。 代わりに儷杏が答える。 「あら、どなたかと思ったら蘭瑛先生じゃないですか。宋長安では、|私の《・・》永憐がお世話になりました。お二人はどういうご関係なのですか? 随分と仲睦まじく見えますけど。もしかして祝言を控えてらっしゃるとか?」 「ははっ。そのようなご報告ができるといいのですが」 蘭瑛は自慢げに話す秀沁を一瞥した。 永憐は氷のような冷えた目で秀沁を見たあと、「お幸せに。では」と言って消え去るように歩いていった。 (「お幸せに。では」) 否定すれば、こんな一方的に突き放されるような言葉を言われずに済んだだろうか。やっと生傷が塞ぎかけてきたというのに、またその生傷に尖った刃を入れられたみたいだ。 蘭瑛は俯き、目を瞑って「待って〜」と言う儷杏が永憐を追いかける声を受け止めた。 「蘭瑛、ほらな。あいつは……」 「何で勝手なことを言うのよ!! 私がいつ、秀沁兄さんと結婚するって言った?! 勝手にべらべらと私の気も知らずに!! いい加減にしてよ!!」 蘭瑛は涙目になって秀沁に捲し立てた。 「……ごめん。でも、そうでもしないと俺だって……」 「俺だって何よ?!」 「……もたないよ」 蘭瑛の頬に一粒の大きな涙が伝う。 嗚咽が込み上げ、濡れた頬を手で拭いながら「帰る」と言った。秀沁は慌てて蘭瑛の腕を掴んで止める。 「一人でどうやって帰るんだよ?」 「離して! 私はどうにで
あれから、ふた月が経過しようとしていた。 相変わらず傷心している|蘭瑛《ランイン》は、食事の時だけ顔を出し、それ以外は自室に籠り塞ぎ込んだ。 長くなれば長くなるほど|永憐《ヨンリェン》のことが忘れられず、翡翠の指輪を外すことができないでいた。指でその指輪を撫でる度、ほろほろと小さな涙が溢れ、蘭瑛の胸を締め付ける。 いつまでこうしているのだろうか…… 季節は冬へと移り変わっていくのに、自分だけ夏のまま取り残されているようだ。 ある日の晩、相変わらず塞ぎ込んでいる蘭瑛の部屋に双子の|鈴麗《リンリー》が訪ねてきた。「蘭瑛姉様、ご機嫌いかがですか? |遠志《エンシ》宗主がお呼びです。お部屋へ来るようにと」「絶対行かなきゃだめ……?」 蘭瑛は小さな声で扉越しに返事をする。 窓越しに揺れる小さな影が俯き、言葉を選んでいるようだ。「先ほど、|玉針経宗《ぎょくしんけいしゅう》の|秀沁《シウチン》兄様が来られました。蘭瑛姉様のことを心配されての事だそうです。久しぶりにお会いされてはいかがでしょう?」 |秀沁《シウチン》が来たところで、この気持ちが晴れることも、|永憐《ヨンリェン》に対する想いも変わらない。 蘭瑛は「一人にしてと伝えて」と言って、それ以上答えなかった。 それからしばらく寝台の上で寝転がっていると、部屋の壁に差し込んでいた日差しがゆっくりと消えていく。また何もしない一日を終えてしまったと、蘭瑛はまた溜め息を吐いた。そろそろ、|宋武帝《ソンブテイ》との約束の薬を作らなければいけないというのに、心がついていかない。 蝋燭を付けようと、重い腰を上げて寝台から降りると、また扉を叩く音が聞こえた。「蘭瑛。秀沁兄さんだ。ちょっと話せないか?」 さすがに二回も断る訳にはいかないと思った蘭瑛は、扉をそっと開けた。すると目の前には、優しく微笑む眉目秀麗な秀沁が立っていた。「蘭瑛、やっと顔見せてくれた。ったく、酷い顔だなぁ〜。これ持って湯浴みして来い。少し楽になるぞ〜。俺はここで待ってるから、はい! 早く行った行った!」 胸元にぐいっと入浴剤の入った籠を押され、無理矢理外に連れ出される。「気分が晴れるぞ〜。んで、戻ったら少し話そう」 秀沁に言われるがまま、蘭瑛はコクっと頷き、湯浴み処へ向かった。貰った薬入りの入浴剤を入れて、蘭瑛は湯船に浸かって顔を
衝撃的な事実を知ってしまった蘭瑛は、あれから永憐と顔を合わすことがてきず、六華鳳宗へ帰らせてもらえないかと、宇辰を通して宋武帝に申し出た。 事情を知った宋武帝は、至急紫王殿に来るように蘭瑛を呼び寄せ、二人で話しをすることになった。 完全に正気を失った蘭瑛を見るやいなや、宋武帝は気を利かせ、今まで見たことのない豪華な花茶を差し出した。「呼び寄せて申し訳ないな。少し外で話そうか」「……は、はい」 随分と涼しさを感じる夜に、紫王殿の庭では蛍がふわふわと光り始めた。 外のカウチに腰を下ろし、宋武帝は蛍の光を目で追いながら静かに口を開く。「いずれはきちんと話さなければならないと思っていたのだが……永憐のことで、君を酷く傷つけてしまって申し訳ない。全ては私一族の責任だ。今更許しを乞うつもりはないが、当時、剣門山に所属していた永憐が、個人的な意思で君の父上を殺した訳ではないことは、どうか分かってやって欲しい。あれは、私の父上が理不尽に下した命令だったのだ……」 宋武帝は物寂しく空を仰いだ。 その横顔がどこか永憐に似ていて、蘭瑛はふと目線を逸らし、宋武帝の言葉を待った。 「永憐とは異父兄弟なんだ。この事実を知ったのは、十年ぐらい前だろうか。あいつは幼い倅を、祝言を控えていた妻の変わりに助けてくれてな……。せめてもの思いでここに呼んだんだが、少し気になるところがあって。ほら、私と顔が少し似ているだろう? だから、あいつの出自をこっそりと調べさせたんだ。そしたら、永憐はあの伝説の剣豪・冠月と母上の間に授かった子であると知って、それはそれは驚いたよ。私は永憐を弟だと思っているんだが、あいつは、自分を物凄く卑下な人間だと思っているらしく、自分は私の配下でいいと、皇弟として自分の立場を絶対に認めようとしないんだ」 何一つ自分のことを話さない永憐に、そんな秘密があったとは誰も知る由もない。 宋武帝は飛んでいる蛍を素手でそっと掴み、蘭瑛に見せながら続けた。「そんなあいつがある日突然、君を連れてきた。色欲も断ち、女の話に一寸とも触れようとしなかったあいつがだ。不器用で言葉足らずな奴だが、君には何か思うところがあったんだろう。誰よりも君のことを考えていたからな」 それは分かる。いつだって側
美しい月夜は儚げに消え去り、夢が覚めていくように二人の元に太陽が昇る。 「蘭瑛、朝だ。起きろ」 「…んーっ。ふぁい」 蘭瑛は欠伸をしながら上体を起こす。 永憐から寝巻きを渡され、寝台から降りて衣をさっと着る。 昨晩のことは途中までしか覚えておらず、途中から疲れ果てて眠ってしまったようだ。 「昨日はすまない。加減を忘れてしまっていた…。身体は大丈夫か?」 「…はい。大丈夫ですよ。私、途中で寝てしまったみたいですね。すみま…」 「せん」と続けようとした刹那、永憐に力強く抱きしめられた。 「嫌いにならないでくれ…」 「…ど、どうしたんですか?急に。永憐様を嫌いになる訳ないでしょう」 永憐は失うのが怖いといったような、どこか不安げな顔を蘭瑛に向けた。 今日から仙術の強化稽古が始まり、しばらく会えなくなると聞かされたが、稽古が終わったらまた会う約束をし、優しく口づけを交わした。 蘭瑛は隣の部屋に戻り、身支度を整えようと、寝巻きを脱いで鏡を見た。すると、首から下の上半身のありとあらゆる場所に、口づけの印を付けられていることに驚愕した。 (あれから、たくさん口づけされたんだっけ…。どうしよう…この無数の跡。何で隠そう…) 蘭瑛はとりあえず、葯箱から包帯を取り出し首元に巻き付けた。医局のオカマ医官に何か言われるかもしれないが、適当に遇らえば問題ない。蘭瑛は冷静さを保ちながら、医局へ向かった。 医局に到着すると案の定、オカマ医官二人に詰め寄られる。 「阿蘭、どうしたのよ?!その傷!ちょっと見せてみなさい」 「一体何をやったのよ…」 「だ、大丈夫だから!本当に直ぐ治る傷だし、二人の心配には及ばないから」 江医官と金医官は、目を細めて蘭瑛を一瞥する。 「阿蘭、また誰かに何かされたんじゃなくて?」 「ったく、女の首元に傷を負わすなんて、どういう神経してんのよ!もし男だったら、男根の先にこれを差し込んでやるんだから!」 金医官は、薬草を混ぜる先の尖った太い銅の棒を光らせた。これは、永憐にされたなんて口が裂けても言えないと、蘭瑛は思わず苦笑いを浮かべる。 「本当に大丈夫だから。六華術を復活させる為に色々やっちゃって…。それで」 「それで、六華術は復活したの?」 江医官に
もう逃げられないと意を決して、蘭瑛は急いで湯浴み処へ向かい、簡単に湯浴みを済ませた。 半乾きの髪を靡かせ、急ぎ足で藍殿へ戻る。 蘭瑛は永憐の部屋の扉の前で「ふぅー」と呼吸を整え、蝋燭の光が漏れている薄暗い奥の部屋に足を踏み入れた。 中に入ると、寝台の上で腰を下ろし、長い髪を垂らした寝巻き姿の永憐が待っていた。 「来たか」 「お待たせ…しました…」 蘭瑛は固唾を飲み、恐る恐る永憐の元へ歩み寄る。 永憐は真顔で、蘭瑛に向かって一言投げかけた。 「覚悟はあるのか?」 そう言われた蘭瑛は、その場で立ち止まった━︎━︎━︎。 決して覚悟がない訳ではない。ただ理由を話さなければと蘭瑛は六華術を回復させる為に、このような事を口走ったと話した。 「ならば、術の為にしたいということか?」 「いや、そ、それだけでは…」 蘭瑛はそれ以上何も言えず俯く。 永憐は間を置いて、もう一度問うた。 「どんな理由があっても、後悔しないか?」 蘭瑛は永憐の事を心から愛している。 いずれは夫婦の契りを交わしたいとさえ思っている。 術が回復することもそうだが、一番は永憐と口づけ以上の結びつきを得たいと心のどこかでは思う。そこに迷いや後悔はない。蘭瑛は心を決めたかのようにハッと顔を上げ、自分の衣の腰紐をしゅるっと外した。 「…しません。何があっても」 そう言いながら、蘭瑛は衣を少しはだけさせ、寝台の上へ登る。 そして、足を伸ばして座っていた永憐の上に跨り、永憐の目の前で衣を完全に脱いだ。 艶やかな肌を見せられた永憐は、蘭瑛の腰にそっと手を回し、蘭瑛の顔に自ら顔を近づけた。 「本当にいいんだな?」 「…はい」 息をする暇もなく、蘭瑛の唇は瞬く間に塞がれた。 永憐は何度も優しく向きを変え、蘭瑛の乾いた唇を湿らせていく。永憐の力強い舌遣いで閉じていた口をこじ開けられ、何度も舌を絡め取られた。舌を這わせ合うたび、水が弾くような音が部屋中に響き、鼻から漏れる荒い息が熱く交わる。 露わになった胸を何度も揉まれ、永憐の細長くて力強い指先で、先の突起を何度も弄られた。 身体全体に体験した事のない電流が走り、蘭瑛は我慢できず「んんっ」と思わず声を漏らす。唇が離れ、互い
それから、今までの輝かしい穏やかな橙仙南の色は消え、朱源陽の武官たちは橙仙南の庶民たちを蔑ろに扱うようになり、逆らおうものなら直ちに打首にされるという理不尽な内乱が勃発した。 橙仙南の一部の軍は朱源陽の傘下に入る者もいたが、深豊《シェンフォン》率いる軍は主に宋武帝の配下に身を置き、永憐たちと並ぶ形で桃園の義を交わした。 朱源陽の理不尽な要求や暴力が日に日に増していくことを懸念した宋武帝は、橙仙南の難民たちを宋長安へ避難させた。宋長安に住む人々の人柄は他所者を嫌う性格ではない為、難民たちとの間には争いや弊害などは生まれず、互いを尊重しあう形で生業を保つことができた。 秋めいてきた夕暮れの下で、蜻蛉の美しい複眼が、飛び回る害虫のハエを捉える。 瞬きをしたほんの僅かの間に、ハエは蜻蛉の口元で砕かれ、もう一度瞬きをした後にはもうハエはいない。 その卓越した動体視覚と俊敏さを駆使して、獲物を一瞬にして捕える。さすが勝利の虫だ。 その様子を窓越しから見ていた宋武帝は、永憐と深豊を紫王殿に呼び出し、向かい合っていた。 何を言われるのか大体想像のつく二人は、出された茶を啜りながら宋武帝の言葉を待つ。 「蜻蛉のようにならねばならんな…」 宋武帝はぼそっと独り言を呟いた。 そして目線を二人に戻し、続ける。 「今後のことについてなんだが…。いつ、朱源陽の矢がこちらに飛んでくるか分からない。いつでもその戦火が飛び込んできてもいいように、お前たち全員が持つ仙術の強化を図って欲しい。それに伴い、宋長安管轄の剣士たちも各方面から呼び寄せることになった。お前たち二人が師範となり、全体の底上げを頼む」 永憐と深豊は、同時に頷き『御意』と返事をした。 力強い二人の返事を聞いた宋武帝は、顔を緩ませ穏やかな表情を向ける。 「お前たちが居れば、私に怖いものなどない」 「全力でお守りします」 「橙仙南を代表して私も…」 永憐の後に続けて、深豊も誠意を表すように言葉を繋げた。 一方、蘭瑛のいる医局では環境に慣れず体調を崩す橙仙南の者たちが多く、問診に追われていた。 「食欲がなくて…」 「気持ちが塞ぎがちで…」 「涙が止まら







